家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
その時、大きな声が店内の空気を割った。
「お姉ちゃんがとったんだろ! 返してよ!」
ロザリーたちがハッとして声の方角を向くと、お仕着せ姿の使用人の女性に、十歳前後の少年が突っかかっている。
「なんだ? トラブルか?」
その場にいた三人にしか聞こえないくらい小さな舌打ちを残して、レイモンドが対応に向かった。
辺りは騒然とし、ロザリーも興味を引かれてそちらを見つめた。
少年は女性の腰のあたりまで、と低い身長で、鼻の周りにソバカスがある。どうやら宿に泊まっていたお客のようだ。
「チェルシー、何があった?」
駆けつけてきたレイモンドにほっとしたように、チェルシーと呼ばれた女性はわずかに笑顔を見せた。
栗色の髪を結い上げ、勝気さを感じさせる太めの眉が印象的だ。
助けが来たとばかりに、レイモンドに必死に訴える。
「レイ……。この子の記念硬貨が無くなったらしいんだけど。私、取ったりしていないわ。誤解なのよ」
「嘘だ! だって部屋に入れたのはお姉ちゃんだけじゃないか。パパも触ってないって言ったもん」
「でも私じゃないわ。だとしたら失くしたのよ」
「僕が悪いっていうの?」
少年は涙を浮かべてチェルシーに突っかかっていく。とはいえ、事情を知らずに聞いているこちらとしてはチンプンカンプンだ。レイモンドもふたりをなだめるように少年の肩を押さえる。
「僕、落ち着いてくれるかな。親御さんを交えて話そう。ええと」
レイモンドが少年を座らせるために奥の席を探すと、ケネスがにっこり笑って手招きした。
「ここで話せばいいよ。領主子息として、その話、見届けようじゃないか」
きょとんとした顔で少年はケネスを見上げる。
まさか、お貴族様がここにいるとは思っていなかったようだ。