家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

食堂は、今の一件によって騒然としている。
中央の席に先ほどの少年が父親を伴って座り、その向かいには宿屋の従業員であるチェルシーとレイモンドが座っている。
横で審判でもするように立つのがケネスで、ザックとロザリーは隣の席からそれを見守っていた。

親子の主張をまとめると、次のようになる。

父親はここよりも南の港町で商売をしているゲイリー=エバンズ。息子の名前はボビーといった。

今年は国王在位三十年の節目に当たる。そこで王都では、祝宴が開かれ、十年ごとの節目で発行される記念硬貨が販売されたのだ。
合計三百枚しか作られない記念硬貨は、額面よりも高い金額で販売されるにも関わらず、国民がこぞって手に入れたがる貴重品だ。
それを手に入れるために、親子ははるばる王都まで旅をしての帰り道だった。

ボビーは元々、ボビー・カラスと揶揄されるほど、光るものやキラキラしたものが好きだった。
腰のベルトに括り付けている母親が作ってくれた布袋には、彼が大切にしているコインやガラス玉がずっしりと入っている。
そんな彼だから、記念硬貨はことのほか気に入った。
嬉しさのあまり、昨晩の夕食時にも食堂でいろんな客相手に自慢していたのだ。

『ほら、簡単には手に入らない記念硬貨だぞ!』

あまりの騒ぎように、眉をひそめる客もいたのだという。
しかし、レイモンドもチェルシーも人手不足の食堂をまわすのに忙しく、それを咎めたりはしなかった。
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