家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「ポプリか何かを身に着けていますか?」
「ポプリ……? あ、ママが作ってくれたこれ?」
少年が宝物袋から取り出したのは小さなサシェだ。
「お守りだよって言われたんだ。僕が迷子にならないようにって。いつも宝物袋に入れてる」
香りの強いラベンダーだ。服にも染みついている。
一方、困り切った様子のチェルシーの匂いも嗅いでみるが、消毒薬の匂いはすれど、ラベンダーの香りはしない。
「……チェルシーさんが犯人ではないと思います」
「え?」
レイモンドとチェルシーは驚きの表情でロザリーを見つめる。
「どうしてそんなことがわかるんだ!」
脅しのように大きな声を出すゲイリーに、チェルシーは不快そうに眉を寄せ、肩をすくめた。
「……香り……です。もしチェルシーさんが宝物袋を触ったんだとしたら、ラベンダーの香りが付くはずなんです。でも彼女からはしませんもの」
「香り? そんなの、必ず付くとは限らないだろう。この女が他に香水でもつければかき消えてしまうだろうし、手洗いをすれば消えてしまうじゃないか」
反論するのは父親だ。彼もせっかく苦労して手に入れた記念硬貨を失ったことでいらだっている。
ロザリーは歯噛みする。
普通の人間の嗅覚ではおそらくわからない。つまり、いくらロザリーがちゃんと匂いで判別できたとしてもそれは証拠にはならないのだ。
もっと、たしかな証拠か、失せものそのものを見つけ出さなくては、チェルシーの容疑は晴れない。