家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

「馬に舐められても平気ですね?」

「ああ」

「お昼に召しあがったのはお肉を焼いたものでしたか?」

「ああ」

「あとは、なにか香を持っていませんか、あまり嗅いだことのない珍しい香り……ちょっと甘い感じ?ですけれど」

それまで冷静な顔で頷いていたザックが、一瞬眉を動かした。
もしや、触れてはならないものだったのかと焦るが、ザックは胸元を一度触ったあと、納得したように頷いた。

「……分かった。君の嗅覚を信じよう」

「本当ですか?」

「ああ」

先ほどよりも砕けた微笑みに、ロザリーの胸はドキリとなった。
これまで、多少お転婆であったとしても貴族の令嬢として屋敷でつつましく暮らしていたロザリーにすれば、若い男性しかも美形との交流は珍しいものであり、胸が高鳴ってしまうのは仕方がない。

(そうなのです。免疫がないんですもん。だから……このドキドキは仕方ないのです)

胸の高鳴りはごまかして、「では、記念硬貨を探しましょう!」と意気込む。

改めて、父親であるゲイリーとボビー少年に向き直る。

「私が、あなたの記念硬貨を探して見せます。だから協力してください。嘘をつかずに真実をすべて話すと約束してくれますか?」

「そりゃ……でも本当に見つけられるの? お姉ちゃん」

「大丈夫です」

本当は自信などないが、子供に弱気を見せては舐められる。

「まずはボビー君の匂いを嗅がせていただけますか?」

「匂い? お姉ちゃん犬みたいだね」

ギクリとする。
そうです。前世は犬なんです。と言ってしまってもどうせ信じないだろうけれど。
ここはリルが暮らした街だから、今の自分がここに受け入れられるまでは、名乗ってはいけないような気がする。
それに、頭がおかしいと思われて病院に連れていかれたら元も子もない。
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