家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「お嬢さんもここに泊めてもらえるなら心配は無くなったかな? さてそろそろ屋敷に戻ろうか? ザック」
立ち上がったのはケネスだ。腰のベルトに巻き付けてあった懐中時計を確認している。
「いや、俺はもう少しここにいる」
ザックは椅子の向きを変え、ロザリーに向き直って彼女をじっと見つめる。
「君は、仕事を探していると言ったな。なぜここの宿を選んだ? 見たところ君は仕事をしたことがない。そしてこの街には店がたくさんある。敢えて職探しで切り株亭を選んだ理由はなんだ?」
「それは……」
口ごもるロザリーに、ザックは内緒話でもするように声を潜めた。
「所作を見ていれば、あんたがどこかの貴族の令嬢だってことはわかる。どこの娘だ? 自分から言う気がないなら調べさせてもらう。両親が亡くなったという線からたどれば、候補はいくらか絞れるだろう」
「え、あの。それは困ります」
未成年の娘を放り出したと祖父が責められては困る。
「であれば自分から話してくれ。君のその鼻の能力はちょっと特殊だし、どっちみちこの先も君がひとりで生きていこうと思ったら綺麗なことだけしてはいられない。……俺は、力になれると思う」
「ザックさん……」
ロザリーは困り果てた。
前世の犬の記憶があるなどと言ったら、気が狂っていると思われるかもしれない。
しゅんとなって首を振る。