家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「午前中までここがつぶれたら伯爵家に来いって言っていたくせに、えらい変わりようですね」
「このお嬢さんも一生懸命でかわいいしな。ひとりで放り出したら、すぐにどこかの妓館に放り込まれてしまう。それを見過ごすのは貴族の義務に反する気がするしね」
「決まりだ。ロザリー。話はついたぞ。君は明日からここの従業員……」
ザックがテーブルを見つめると、ロザリーは机にぺたんと頭を付けたまま寝息を立てている。
無邪気な寝顔で、普段の彼女よりも幼く見えた。
「……寝ちゃったのか。うわ、俺の蜂蜜酒まで飲みやがったな」
空になったグラスを振り、ザックはあきれ顔だ。
「面白いお嬢さんだね。さてどうしようか、部屋に運んであげようか」
ケネスが手を伸ばす前に、ザックは彼女を腕に抱きかかえる。
「レイモンド、こいつにあてがう部屋に案内してくれ。荷物はだれか頼む」
「はい! 私が」
チェルシーがそう言い、大きなスーツケースを手にもって運ぶ。
細身の割に、長くこの仕事をしているせいかチェルシーは力持ちだ。
ロザリーは眠りながら、甘い香り……ザックから嗅ぎとったあの香りを嗅ぎ分けて、どこか幸せな気持ちになった。