家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
「俺としては、俺より小さくて力のない君に運ばせるほうがあり得ないな」
軽々と持ち上げ、有無を言わさず厨房まで運んでしまう。
でもでも、というロザリーの反論は全く取り合ってもらえなかった。
それをほほえましく眺めていたレイモンドは、ケネスの陰になっていた女性に気づいて、目を見張った。
「あれ、オードリーじゃないか。クリスも久しぶりだな。元気か?」
「レイ!」
レイモンドを見つけた少女は、満面の笑みを浮かべ、母を押しのけるようにして駆け寄った。
「大きくなったな。どれ。……うん。重くなった」
抱き上げられた少女は、「きゃー」と喜びの歓声をあげた。レイモンドの子どもでもないだろうに、すごく懐いていることにロザリーのほうが驚いてしまう。
「レイモンドさんのお知合いでしょうか?」
ポソリとつぶやくと、「そうだ」と答えたのは、厨房にいたランディだ。
「王都で学者をしていたオルコット博士の奥さんだよ。レイモンドとは幼馴染なんだ。年に一度は里帰りで戻ってくるから、クリス嬢もすっかり懐いている」
「幼馴染……」
(……お姉さんではなかったんですね)
リルの記憶の中の彼らは、姉弟のように仲が良かった。体格的にはそこまで年齢差を感じさせなかったが、明らかに女性のほうが落ち着いていて、やんちゃなレイモンドをときに諫めたり、見守っていたりしたものだ。
(でも、……あれ?)
先ほど、宿屋の扉の前にいた彼女は、なにか神妙な顔をしていなかっただろうか。
幼馴染の顔を見に来るという気軽さには見えなかったのだが。