家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました

「あぶ、危ないです! チェルシーさんっ」

「ごめんごめん。落とし物よ。木片? ……捨ててもいいのかしら」

「ちょっと待ってください、チェルシーさん」

長さ五センチ、厚さ一センチ程度の木片だ。それだけ見ればただの木くずのようにも見える。けれど、その木からは出る香りに覚えがあった。

シーツを棚に置き、木片を改めて嗅いでみる。ほのかに甘さを感じる香り。ザックにすごく近づいたときに香る匂い。

「……ザック様は?」

オードリーと歓談しているレイモンドに尋ねると、ロザリーが忙しそうだからと出ていったと言う。

「さっきですか? なら間に合いますね。きっとザック様の落とし物です」

追いかけてきます、と言い添えて、ロザリーは走り出した。宿を出てから、どっちにザックが行ったのかを知るためには彼が触ったであろうものの匂いを嗅ぐのが一番だ。

もらった扇で顔半分を隠しながら、手すりや花壇、近くの店の壁を嗅ぎまわり、市場とは逆の方向、宿を出て左手のほうに向かったのを確認する。

「こっちですね」

やはり匂いを嗅いでみてよかった。
通常なら市場のほうへと向かってしまうところだった。

嗅覚はリル時代に多少劣るといえども健在だが、足の遅さはいかんともしがたい。
追っても追ってもなかなか追いつかず、街の外れのほうまで来てしまう。どんどんひと気が無くなって来たなと思ったあたりでようやくザックを見つけた。
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