家出令嬢ですが、のんびりお宿の看板娘はじめました
彼は旅姿のひとりの男性と一緒だった。顔を寄せ合い小声で何かを話し合っている。ザックがケネス以外の人間と一緒にいるのは珍しく、どうしようかと迷ったが、落とし物を渡すだけだし、と声をかけることにする。
「ザック様っ」
彼はビクリと体を震わせた。すぐさま振り向き、ロザリーの顔を確認するとふっと力を抜く。
「なんだ、ロザリーか。……どうした?」
一瞬振り向いた表情があまりにも厳しくて、ロザリーは一瞬言葉を失くしてしまった。彼がいつも通りの柔らかい表情に戻ってからも、なんだかちょっと落ち着かない。
「ではザック様、私はこれで」
「ああ。ご苦労」
旅姿の男性は、ちらりとロザリーを見ると足早に去って行ってしまった。
なんだか邪魔をしてしまったようで、申し訳ない気持ちになる。
「すみません、邪魔でしたね」
「いや? 定時報告だ。気にすることはない。それよりもどうした? 仕事は?」
「えっと、これ、もしかしたらザック様の落とし物じゃないかと思って」
木片を差し出せば、ザックはハッとしたように手のひらからそれを奪い取った。
その素早さにロザリーは驚いてしまう。
「大事なもの……なんですね?」
「ああ。何処に落ちてた?」
「切り株亭の階段の下のところです」
「さっき財布を出したときか。助かった、ロザリー。ありがとう」
ようやく、ザックの周りの空気ごと柔らかくなる。ロザリーはホッとして彼を見上げた。