独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
「橙花、顔を上げて」
彼がゆっくりと私の名前を呼んだ。

顔を上げれるわけがない……!

無言で首を横に振る私に、彼が小さく溜め息を吐く。
それが拒絶のようで、私に呆れているようでますます私は身を縮ませてしまう。

当たり前だ。そんな図々しい願いがかなうわけがない。彼が私の気持ちに応えてくれるわけがない。

「なあ、俺に返事をさせてくれないの?」
その声が思ったよりも優しくて、私は俯いたまま目を瞬かせた。そうでもしないと目の縁に溜まり始めた涙が零れ落ちてしまう。

返事なんていらない。だってわかってる。
本物の婚約者にならないか、とは言われた。だけどそれはあくまでも便宜的な関係で。彼は私の想いを受け止めてくれるわけじゃない。私を好きになってくれるわけじゃない。

だからこそ返ってくる答えはひとつ。
当初の契約通りに彼のご両親に紹介されてほとぼりが覚めるまでよろしく、それだけだ。
私はそんな関係になりたいわけじゃない。

「橙花」

私の名前を甘い声で彼が呼ぶ。
そんな声で呼ばないで。
頑なに顔を上げない私に痺れをきらしたのか、彼が次の言葉を紡いだ。

「俺の本物の婚約者になってくれるの?」
顔を上げた私の目が、彼の甘さの増した紅茶色の瞳を捉えた。

「……え?」
「一カ月待つ自信がなかったから、助かる」
そう言って彼は妖艶に微笑む。
その返答に理解が追い付かない。

「撤回は受け付けないからな。今、この瞬間から橙花は俺の本物の婚約者だから」

彼は長い指を伸ばし、緩慢に膝の上に置いていた私の左腕を自身のほうに引っ張った。テーブルに身を乗り出した彼の端正な顔がグッと近づく。彼の吐息がかかりそう。
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