独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
リビングを出て、長い廊下を彼が私の手を引いて歩く。彼がひとつの部屋の前で立ち止まる。

「あの……?」
彼の意図がよくわからず問いかける私に、彼は魅惑的な笑みを浮かべて微笑む。
「いいから、開けてみて」

言われるがまま、部屋のドアを開けるとそこには寝心地の良さそうなベッド、木製の書き物机、同じ素材の椅子といった家具が備えられていた。
正面にはサービスバルコニーに通じる大きな引き違い窓。書き物机の前にも腰の高さくらいの窓があった。淡いピンク色のカーテンが開けられていたせいか、窓の向こう側に月が輝いているのが見えた。部屋の広さは八畳ほどだろうか。彼は嬉しそうに笑う。

「着替えやバッグ、細々したものはそこのクローゼットに収納してあるよ」
驚きで声の出せない私に、背後に立った彼が話しかける。早く橙花にこの部屋を見せたかった、と微笑んで。

「入って」
彼に促され、そうっと足を踏み入れた部屋。まるで私がここで生活しているかのように整えられた部屋。

「……どうして、こんなに……」
小さく漏らした私の声を彼が拾う。

「大事な婚約者の部屋を用意するのは当然だろ? 気に入らない?」
「まさか! そうじゃなくて、ご、豪華すぎます! わ、私ここに住んでいるわけでもないのにっ」
振り返って否定する私に彼は真面目に返事をした。

「じゃあ一緒に住む?」
「えっ……」
言われた言葉が頭を素通りする。薄茶色の瞳に浮かぶ、抗えない色香が私を惑わせる。

今、一緒に住む、って言ったの? この人は私の心臓を止める気なの? どうしてそんなに簡単に、私を悩ませることを言うの? 
これ以上私に期待をさせないで。
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