独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
クックと楽し気に彼が言う。

普通なら絶対に出会うはずのない人が目の前にいる。その事実に驚愕する。心の動揺が表情に出にくいと言われている私だけど、一瞬呆気にとられてしまう。必死で自分を立て直し、口を開く。

「あの、私に助けてもらいたいことってなんでしょうか?」
「都筑さん!?」
チーフがぎょっとした顔で私を見るけれど、そこは気づかない振りをして彼に問う。

ちょっとした興味心がわいたせいもある。こんな雲の上のような存在の人が困る事態とは一体なんだろうか。しかも私のような一社員の力を必要とするなんて。

「話したら引き受けてもらえるか?」
立ち上がって彼が私のほうへゆっくりと歩いてくる。
眼鏡の男性と変わらないくらいの長身に引き締まった体躯、長い足。千夏ちゃんが真っ赤になって騒ぐはずだ。

「話の内容によりますが」
至近距離まで近づいてきた彼を真っ直ぐに見返しつつ、返答する。

紅茶色の瞳を縁取る睫毛は驚くほど長い。兄より長い睫毛の男性を初めて見た。心の中でそんなどうでもいいことを考える。

「アンタは全然動揺しないんだな」
意外そうに彼が片眉を上げて言う。
何に動揺するというのだろう。

「ひとつ確認したいのですが、私に頼みたいことというのは苦痛を伴ったり、人としての尊厳を踏みつぶされたり、命の危険があるものではないですか? どうしても嫌な場合には私に拒否権はあるのでしょうか?」
淡々と問いかける私に、彼がポカンとした表情を一瞬浮かべて破顔した。

「ハハッ! ないよ、それは保証する」
「そうですか。それでしたら社員ですので業務の一環ということでお引き受けいたします」
深々と一礼する私に、再び彼が噴き出す。
いつの間にか彼の左横に立っていた眼鏡の男性も俯きながら肩を震わせている。
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