独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
『へえ、まともに恋愛したこともないくせに? そうだ、いい考えがある。アンタが俺の婚約者になってくれるなら、俺がアンタに恋愛について教えてやるよ。疑似恋愛と代理婚約の交換条件。それでどうだ?』
 
この人、何を言ってるの? 正気なの?

私の気持ちとは裏腹に、彼はまるで最高の考えだと言わんばかりに妖艶に微笑む。
『アンタにとってそんなに悪い話じゃないだろ?』

その一言にグッと返事に詰まる。
下手に断ったらこの人はしつこそうだし、面倒くさそうだ。しかも設楽ホールディングスの副社長。無下にはできない。

私はきっとこれから先も恋愛なんてしないし、できない。そんな出会いはきっと訪れない。恋愛感情も恋愛事情すらわからない私を好きになってくれる人なんてきっと現れない。そもそも恋の仕方がわからない。今さらそんなこと恥ずかしくて誰にも相談できない。

ほんの少し、心のベクトルが弱いほうへ傾く。今回のことに私が責任を負う必要はないと彼は言っていた。

ならばたとえ真似事でも、恋愛というものを学習がてら体験してみるのはきっと悪いことじゃない。そもそも何が失敗かもわからないんだもの。

普段、兄と姉を冷めた目で見ている私がこんなことを考えるなんて、と自分でも驚く。これはこのいつもと違う空間のせいかもしれない。強引なこの人に押し切られて、冷静な判断ができなくなってしまっているのかもしれない。

だけど、私がこの話を受けたところできっと誰にも迷惑はかからない。きっと悪いことじゃない。
地味で単調なだけの毎日が少し変わるだけ、ただそれだけだ。
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