独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
『口外はしませんし、報酬もいりません。それなら社食の食券をください』
現実的なことを考えながら、契約書を受け取る。

『本当に色気がないな。普通の女ならここで目がハートになって喜ぶぞ』
半ば呆れながらも面白そうに、彼が言う。

『特に欲しいものもないので』
淡々と私が返事をするとブッと柿元さんが噴き出す声が聞こえた。副社長がギロリと柿元さんを睨む。

『ああ、失礼しました。副社長、なかなか無欲で素敵な女性に巡り会えましたね。副社長の魅力に陥落されない方は初めてです』
面白そうに柿元さんが言う。

『柿元、うるさい。アンタは早く契約書を確認しろ』
自身の秘書に文句を言って、八つ当たりのように彼が私を急かす。

『もう読みました。特に問題ないと思うので、報酬の部分だけ訂正していただいたら結構です』
契約書を彼に返す。

『早いですね、さすがです。では報酬の部分は訂正いたします。その後、署名をお願いいたします』
満面の笑顔の柿元さん。
副社長だけがなぜか苦虫を噛みつぶしたかのような顔をしていた。

それから、あれよあれよという間にピカピカの黒塗りの高級車に乗せられて、高級服飾店に連れて来られた。それが数時間前の出来事だ。

契約書を盾にとられ、全身をコーディネートされる。抗議すると絶対零度のような冷たい微笑みを向けられた。

『俺の愛しい婚約者がこんなに地味な装いでいいと思うのか?』
綺麗な顔の人が凄むと迫力が増す。悔しさを顔中に浮かべて睨むと蕩けそうな笑みを向けられる。

一瞬その笑顔に息を呑む。
鼓動が少し速くなっているのがわかる。そんな風に気持ちを乱されたことが、なぜか悔しかった。 
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