独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
「可愛いな」

追加された洋服の試着を終えた私を一目見た彼は柔らかい声でそう言って、私の髪を長い指で耳にかける。骨ばった指がそっと頰をかすめる。その仕草に身体が強張る。

「まあ、仲のよろしいこと! おふたり、とてもお似合いですわ」
彼と顔見知りなのか、再び部屋にやってきた女性店員が甲高い声を上げる。女性がくるりとこちら側に背を向けた瞬間、彼がニヤリと口角を上げる。

……騙された! 

そう、今のは人に見せつけるための演技だ。当たり前だ、あのゲストハウスを一歩出た時点から契約は始まっていると彼に言われたのだから。

一瞬でも彼に見惚れてしまうなんて、とんだ失態だ。私が騙されている場合ではないのに。そもそも彼は詐欺かと思うくらいに、人前と柿元さんや私の前では態度が違う。

車中でそのことについて尋ねてみたら当たり前だろ、と一蹴された。そんな完璧な王子様姿なんて疲れるだけで願い下げだ、と。この姿を彼に惹かれる女性社員にみせてあげたい。

「詐欺ですね」
小声で私が眼前の彼に言うと鼻をつままれた。婚約者の扱いが雑な王子様だ。

その後も、化粧品店といった多様な店に連れ回される。こんなに身体を人にさらしたり、触れられたことはない。こんなに買い物もしたことはない。

そもそもこんなに連れ回していたら元々が地味な私を無理やり婚約者に仕立て上げたとバレてしまわないのだろうか。移動中に危惧して進言してみたところ、あっさり否定された。
< 27 / 158 >

この作品をシェア

pagetop