独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
なぜか不機嫌な声の副社長。
「いいか、親父の前では副社長って呼ぶなよ? 煌生と呼べ。アンタが気を付けなければいけないのはそれだけだ」
凄むように言う彼。ただしその目はとても優しい。

そんな姿を彼と過ごすこの短い時間の間に何度見ただろう。この人は本当に予想がつかないことばかりする。

「わかってます!」
言い返すと彼が綺麗な目を細める。
「へえ、じゃあ今呼んでみろよ?」

握っていた手を離し、ググッと身体を近付けて、私の顎を長い指がクイッと持ち上げる。吸い込まれそうに輝く瞳から目が離せない。

ドキンッ。
心臓がひとつ大きな音をたてた。

私、どうしたの? 何を焦っているの? これは契約で練習。お互いのためにきちんと確認しているだけで、彼のこの仕草も私をからかっているか、本番で困らないようにするためのもの。冷静にならなくてはいけないのに。

「名前を呼んで、橙花?」

聞いたことのない甘い声が私を促す。その声に顔が一気に熱をもつ。自分の名前をこんな風に誰かに呼ばれたことなんてない。まるで私の名前が宝物のように、大事にそっと囁かれる声が耳に響く。

「な、なっ、名前!」
慌てる私を見て彼は満面の笑みを浮かべる。

「愛する婚約者を名前で呼ぶのは当然だろ? 橙花、早く俺の名前を呼んで」

ゴクリ、と喉が鳴る。相変わらずの甘い声に心拍数がどんどん上がっていく。

無意識に握りしめた手に汗が滲む。顎にかかった指に力はかかっていないはずなのに動けない。
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