独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
「橙花、大丈夫。俺がいるから。アンタに嫌な思いはさせない」

こんなことに巻き込んだ張本人のくせに、驚くほど優しい声で彼が私に話しかける。そっと私の右手に彼の長い指が絡められる。伝わる温もりに落ち着かなくなる。

「橙花は俺の自慢の婚約者だ。そのワンピースもよく似合っているから、自信をもてよ」

向けられる眩い笑顔。その言葉と笑顔に安心するはずなのになぜかチクリと胸が痛んだ。その理由がわからない。

退社時間は過ぎいていて、今、帰宅の途についているのは残業帰りの社員だ。それにもかかわらずこれほど人が多くいるのはどういうことだろう。まるで私たちが今日これくらいの時間帯にここに到着することを知っていたかのようだ。

車から降りた途端、周囲の人からの注目を一斉に浴びる。さすがの彼は堂々としていて、そんな視線をもろともしない。むしろ余裕の笑みさえ浮かべている。

対する私は今までの人生においてこれほど注目を浴びたことはなく、今にも膝から崩れ落ちそうだ。顔に出ないだけで足はガクガク震えが走っている。しかも履いているのは高いヒールのサンダル。無様な失態だけはお互いのために避けたいのに、意識すればするほど身体が強張っていく。

こんなことなら総務部でいつもと変わらずに仕事をこなしていればよかった。各部署に書類の締め切りを伝えているほうがましだ。

「きゃあ、副社長よ!」
「相変わらずカッコイイ!」
「ちょ、ちょっと待って! 女性と手を繋いでる!」
「誰っ? 誰なの!!」
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