独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
いつもと変わらない朝、午前九時過ぎ。

新宿駅から徒歩十分ほどの場所にある十階建てのごく普通のオフィスビルに向かう。
ドラマに出てくるような豪奢なビルではないけれど、駅からの距離も近く、周囲にコンビニや飲食店も多く便利な立地だ。

「おはようございます」

制服に着替え、周囲の同僚にいつものように挨拶をする。このビルは我が社の本社ビルだ。三階の突き当りが私の所属する総務部になる。

社内持ち込み用の私物バッグを引き出しに片付けて、軽く自身の机周りを拭き掃除する。いつもと同じ作業。近くにあるキャビネットも拭き、同僚の机も上司の机も拭く。もちろん机周りに触れることへの本人たちの了承は得ている。

「いつもありがとう」
私の上司の多田課長が声をかけてくれた。四十代前半の彼はとても穏やかな気質で、部内の皆に慕われている。
窓際に置いてある観葉植物への水やりを終えて、私の朝の日課は終了だ。

「おはよう、橙花。相変わらずまめに掃除してるわねえ」
カツンと高いヒール音を響かせて、人事部にいる同期の真鍋 梓(まなべ あずさ)がやってきた。

顎の下で切り揃えた艶のある茶色い髪。耳元に輝く一粒ダイヤのピアスは、我が社の親会社である設楽不動産株式会社に勤務する彼氏からのプレゼントだ。

設楽不動産株式会社をはじめとする設楽ホールディングスは、この業界で三本の指に入るほどの日本有数の大企業だ。賃貸ビル、商業施設などに強い不動産デベロッパーで、海外での不動産開発も積極的に行っている。
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