独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
「足、大丈夫か?」
エレベーターの呼出ボタンを押した彼が私におもむろに問いかける。黒っぽい木目調の重厚感漂うエレベーターのドア、高い天井に輝く豪奢な照明。すべてが眩くキラキラ光っている。

「足?」
「靴、まだ履きなれていなかっただろ。悪かった」
気遣わし気に眉をひそめて言う彼の言葉に、合点がいった。

彼は私がヒールに慣れていないことを知っていたから、わざとゆっくり歩いてくれていたのだ。口に出していないのに、気づかれないようにしていたのに、どうしてわかってしまったのだろう。

仮の婚約者の足の状態なんて放っておけばいいのに。どうしてそんなに優しくするの。

強引で傍若無人で失礼な人、そう思っていたのに、彼は会う度に私に違う表情を見せる。私はそれに翻弄されて、本物の彼の姿がわからなくなる。本当の副社長はいったいどの姿なのだろう。

「だ、大丈夫です。お、お気遣いありがとうございます」
彼に頭を下げてお礼を伝える。

「無理するなよ」
彼が心配そうに言う。
その言葉と表情に心配をかけてしまっているのに、胸の中に温かいものが広がっていく。

柿元さんは車を置いた後で来る、と彼が言う。
社長はもしかしたら本社に戻らず、直帰になるかもしれないとのことだった。
少し前に柿元さんが秘書室に確認したところ、社長はまだ帰社していないことがわかった。

そのため一旦、副社長室に向かう。部屋は社長室と同じ最上階の三十階。やってきたエレベーターの中でふたりきりだ。

今は特に演技する必要もないのに、彼は絡めた指を離そうとしない。むしろ力を込めてくる。
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