独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
「なあ、さっき言ったよな? 敬語をやめて、名前で呼べって」

甘い声でそう言って、彼は私の顎を骨ばった指で掬い上げ、そっと上向かせる。サラ、と彼の柔らかい髪が額を掠める。

その瞬間、唇に触れた柔らかい感触。それは以前に耳に触れたものと同じ。そっとまるで慈しむかのように触れたものが彼の唇だと気づくのに時間はかからなかった。ほかの音が聞こえなくなった世界で、私の鼓動だけが壊れそうな音を立てていた。

「お仕置き、な」

内緒話をするかのように色香のこもった彼の声が耳元で聞こえた。それから彼は私を拘束した手を緩めた。

その瞬間、ドンッと彼を突き飛ばす。反射的に彼から離れるように、力の入らない足でふらふらと後退する。

キス、した……⁉ この人、なんでいきなりそんなこと!

足はガクガクしているし、顔は真っ赤だ。
驚きと羞恥、いろいろな感情がごちゃ混ぜになり涙目になる私を見た彼が、いつもの余裕のある表情を崩す。

「橙花」
再び近づいてきた彼の手をパン、と払いのける。
「なんでこんなこと……!」
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