独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
「私をからかって遊ぶのはやめて」

そのままの態勢で彼の端正な顔立ちを睨みつける。至近距離から見ても綺麗な肌が恨めしい。私なんて化粧をしてくれた姉に手入れがなってないと散々怒られたというのに。

「橙花をからかうほど、俺は暇じゃないけど?」

片眉を下げて彼が困ったように笑う。一瞬で変わるその表情から目が離せなくなる。すべてを委ねて頷きそうになってしまう。

トクントクントクン、鼓動が速いリズムを刻みだす。頭の中にガンガン鳴り響く警鐘。

しっかりしなさい。ここで頷くわけにはいかない。この人の本心がわからないのだから。

これは何かの罠? そうでなくてはこの人がこんな表情をして私にこんなことを言うはずがない。彼と出会って数日しか経っていない。お互いのことはほとんど知らないのだから。

もうひとりの私が身体の中から必死に呼びかける。

婚約者なんて体のいい呼び名をもらって、ただいい様に扱われるだけよ。この人が私を本気で本物の婚約者にするわけがない。こんなに何もかも完璧な人が私なんかを必要とするわけがない。家柄も財産も釣り合わない、ましてや恋すらしたことのない私を。

「……じゃあどうしてそんなことを言うの? お願いだから混乱させないで」
もう頭の中はパニックだ。この人は私をどうしたいんだろう。

言葉にできない感情がこみ上げる。こんな気持ちは初めてで、どう対処すればいいのかわからない。

こんな気持ちは誰も教えてくれなかった。何かを必死に求めているような飢餓感と寂寥感に似た感情。その波に翻弄され、胸がいっぱいになって視界が滲んでいく。
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