独占欲強めな御曹司は、ウブな婚約者を新妻に所望する
「……なんで泣く?」

戸惑いを含んだ綺麗な目が私を見つめる。ぎこちなく、骨ばった長い指が私の零れ落ちていく涙を掬う。

「あなたがわからない」

数多こみ上げる気持ちのなかで、私が口にできたことはこれだけだった。後はどうやって言葉にすればいいのか、私にはわからない。姉ならわかるのだろうか。

「何がわからない? 俺は橙花に嘘はついていないし、つくつもりもない。俺の傍にいろ。俺以外の男の香りをつけるな」

私の目尻にそっと唇を寄せて彼が囁く。まるで私が繊細なものであるかのような仕草。
私に触れる羽のように軽い感触。驚いて身体を引こうにも片手で頰を押さえられたままなので、逃げ場がない。

「か、香りって!」
羞恥で顔が赤くなっていくのがわかる。涙はまだとまらない。

「この香り、大輝のだろ。橙花は俺の婚約者だ。気に入らない」
彼は軽く顔をしかめる。私の頰に触れる手に微かに力が入る。彼の美麗な顔が近づいて唇が重なった。この間とはまったく違う、噛みつくようなキスに抗議の声が呑み込まれる。

ドンッドンッと両手で拳を作って、彼の胸を叩くけどびくともしない。呼吸がどんどん苦しくなる。キスの仕方なんてわからない。怒りをぶつけられているかのような荒々しいキスに一気に力が抜ける。

「橙花は誰にも渡さない」

私の唇を解放した彼が、妖艶な眼差しを私に向ける。色香のこもった低い声が耳元で響く。
私を抱きしめて離さない彼に、されるがままになっている自分に驚く。
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