結婚願望のない男
***

あの事故からちょうど三週間たった後の週末、山神さんから電話があった。

『…山神です』

「山神さん!その後、お怪我はよくなりましたか?」

『無事、治った。通院も昨日で最後だった。送ってもらった保険関係の書類は、今確認してるところだからもう少し待ってくれ。それで…』

「レンタル彼女はいつやりますか?」

『………』

電話の向こうで彼がため息を吐いた。
…なんだか私は彼にため息を吐かせてばかりいるなぁと思う。
多分、相当やっかいな女だと思われてるだろうな。

『やっぱりやる気か』

「いやいや、言いだしたのはあなたじゃないですか。何を今更」

『いや、わかった。それならやってもらおう。いろいろと打ち合わせをしておく必要がありそうだから…またあの喫茶店で会えるか?』

「土日ならいつでも大丈夫です!会いましょう」

久々に山神さんの声を聞いて少し安心した。
電話を受けるまで、まだレンタル彼女をやることに多少の不安があってもやもやしていたけれど、彼の声を聞いたらそんな気持ちはなくなってしまった。
やっぱり、彼のために私ができることなら何でもしたい。今回の事故で悪いのは100%私なのに、責めるどころか私のことを気遣ってくれた人だから。それに…。

(前回『さぼてん』で一緒に時間を過ごした時、なんだか不思議と楽しかったから。不愛想だから最初はちょっと怖く感じたけど…もう少し、彼のことを知ってみたい気がする)



そして、約束の週末になった。
今度こそ彼より先に、と少し早めに『喫茶 さぼてん』に着いて、私は店のメニューを眺めた。

コーヒーの欄を見ると、細かく豆の産地の記載がある。
ブラジルやらコロンビアやらエチオピア…。それから味の特徴、香り、苦み、酸味、コク…様々な説明書きが踊っている。
そしてメインメニューとしていくつかの種類のブレンドが載っているけれど、説明を読んでもどれが自分の口に合うかさっぱりわからない。

(説明を呼んでも全く味が想像できない…。どうしよう…)

メニューとにらめっこしていると、山神さんがやってきた。
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