結婚願望のない男
「山神さん、あの…」
「ん?」
「本当はその、今日が終わったらもう連絡を取ることもなくなると思うんですけど…。山神さんと知り合って、楽しいことばかりでした。加害者の私が言うのはおこがましいかもしれませんが、もし山神さんさえよければ、私とお友達になってくれませんか……?」
勇気を振り絞ってとうとう言った。思えば、自分から男性にこんなこと言ったのは初めてかもしれない。ああ、だから3年も彼氏がいなかったのかな。自分からアプローチするような積極性は無くて、今までは受け身でいるばっかりだった。でも、今回だけはどうしてもこれで終わりにはしたくなかった。それほど私は、真剣だったのだ。
…だけど。
山神さんの目が、すっと冷たくなった気がした。
「あー……悪いけど、そういうの間に合ってるから。あんたと会うのはこれで最後」
「……!」
予想外の突き放した言葉に、私はとっさに言葉を返せなかった。山神さんは眉間のしわを深くする。
「そんな泣きそうな顔するなよ。あんたは今日言ったよな、にぎやかな家庭を持つのが夢だって」
「言いました…けど」
「俺、結婚願望ないから。結婚する気がないから彼女もいらないし、女友達だって必要ない。あんたは純粋に男女関係なく友達として付き合ってほしいのかもしれないけど…男女の友情なんて、どう転ぶかわかんないから面倒くさい。そういうわけだから、悪いけど」
──え?
「結婚願望が、ない…?」
言っている意味が飲み込めなくて聞き返したけれど、もう山神さんはそれ以上説明する気がないようだった。
「あんたとはもう二度と会うこともないと思うけど、出会ってから今日まで、楽しい時間が過ごせたよ。ありがとな」
無慈悲にも、このタイミングで電車は駅に着いた。彼はすっと立ち上がり、「じゃあ」と言って振り返りもせずにさっと降りて行った。
「あ、山神さ…」
電車のドアが静かに閉まり、もう彼の姿は見えなくなった。
「……そ、そんな」
(うそ…これで終わり…なの…?本当に…?)
残された私は、ただ茫然とするしかなかった。