アイラブ☆吾が君 ~恋する淑女は、十二単で夢を舞う~
「大納言さまは年寄りだからいいのよ。
 どうせ早く死んでしまうでしょうし、お屋敷のひとつもいただければそれだけでもいいんだから」

そんな身も蓋もないことを言った北の方は、
「朱鳥に扇を渡してきておくれ」と女房に頼み、またため息をついた。


すたすたと進む朱鳥を慌てて追いかけてきた女房が
「姫さまこれを」と衵扇(あこめおうぎ)を差し出した。

「ありがとう」と受け取ったものの朱鳥は扇で顔を隠すことなく、ブツブツと文句を言いながら大股に進む。

「冗談じゃないわ。
 ただ年をとっているだけならいざしらず、槙大納言といえば好色で有名じゃない。
 そんな爺のところに嫁に行くなんて、おかあさまは酷すぎる!」

「ひ、姫さま。そうおっしゃらずに。
 北の方は姫さまの心配をなさって」

「わかってる!」

カンカンに怒りながら角を曲がると、目の前に白いものが現れた。

「おっとっと、あ、兄君」

朱鳥が見上げたのは兄の蒼絃。

背の高い蒼絃は、手にした笏(しゃく)を口元にやり、
朱鳥を見てクツクツと笑う。

「随分と怒っているようだな。
 朱鳥のブツブツ言う声が渡殿(わたどの)まで聞こえたぞ」

削ぎ落とされた端正な顔立ちに、切れ長の瞳。

その薄い色の瞳が時折冷たく金色に輝いて見えることがあるが、今は薄茶の瞳が穏やかに朱鳥を見下ろす。
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