まだ,なにもはじまらない
聞き慣れたその音にふたりで立ち止まれば、バイクのエンジンを止め乗っていた男がフルフェイスのメットを取り外す。
「おはよ、藤夜」
噂をすればなんとやら。
ヘルメットのせいでぺたんとした亜麻色の髪をかきあげると、綺麗な青みがかった茶色の瞳をこちらに向けてきた。
かっこいい、というよりも綺麗だとか美人だとかそういった言葉の方が相応しく思える中性的な顔立ちに、気だるさを滲ませながらも藤夜は柔らかく笑んだ。
「千星(ちほ)おはよう」
このふたりが揃えば、周囲から鬱陶しいほどの視線を集めることは知っているし、身をもって実感してる。
そして、こいつらはそんなこと全く気にしないことも。
そのうえ、私たち3人とも低血圧で揃って朝が弱い。
だから、特に誰も言葉を発さずいつものペースで大学に向かう。
バイクで来ていながら、乗らずに押して歩く藤夜に視線を遣れば、言いたいことがわかったかのように静かに笑った。
「せっかく千星に会ったんだから、バイク乗っちゃうのもったいないでしょ。それとも千星も一緒にバイク乗る?」
「んー、それもいいけど。そうすると知夏ひとりぼっちになるよ」
「いいんだよ、こんなやつ」
鼻で笑ってそう言う藤夜に、知夏は舌打ちを向ける。
喧嘩するほど仲がいいとはこのふたりのためにあると、つくづく思ってしまう。