隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
「……ごめん、それ、たぶん君のこと」
「聞き間違えてないです」

ごまかされない、とすぐに言い返してしまう。
だめだ。やめなきゃ、こんな無意味なこと。私にそこまでの権利はないのに。

「……林檎ちゃん」
「え?」
「だから、『林檎ちゃん』って、ずっと心のなかでそう呼んでたから」
「え……ずっとって?」
「最初に会った時からかな? 引っ越しの挨拶に来てくれた時。今は必死に隠してるけど、前は津軽弁のイントネーションが抜けてなくて、血色いいほっぺたで、りんごの箱もってやってきた子がね……」
「勝手に変なニックネーム付けないでください!」

それはそれで怒る。でもさっきのドロドロとしたものがさっと消えていく。かわりにありもしない嫉妬で騒いだ自分が恥ずかしくて、顔が熱くなった。

「ほら、りんごみたいに赤くて甘い」

ペロリと頬を舐められた。

私って、五十嵐さんの中ではずっと、田舎からでてきたりんご農家のあか抜けない娘にすぎなかったのか。
どんなに背伸びをしても、大人ぶってみせようとしても、手遅れな気がする。心まで丸裸にされた気分だ。

仕返しに、私も五十嵐さんを裸にしたい。弱みも全部知りたい。でも、彼の心の内側に隠しているかもしれない部分を覗く能力は、今の私にはない。
先回りされて、甘やかされて、翻弄されて、……きっと私ばかりが、彼に夢中になっている。


大人ってずるいと思う。
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