隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
シャンプーなのか香水なのか……そんな細かいことをいちいち考えている俺が、何も知らなそうな彼女と同じ空間にいるのが申し訳なくなった。

エレベーターで一緒になるのは、なんとなく気まずい。なにか当たり障りのない会話をしなければと必死に探すと、りんごのお礼を言っていなかったことを思い出す。

「この前頂いたりんご、今まで食べた中で、一番甘くて旨かったよ。どうもありがとう」
「そう、うちのりんご甘いんです! ……よかった、ありがとうございます」

事実を言っただけなのに、なんとも嬉しそうな笑みが浮かんで、完全に不意をつかれた。この子めちゃくちゃ可愛い。


    ◇ ◇ ◇ ◇


だからといって何かがはじまるわけでもない。
その後、特別に親しくなることもなく、ただの隣人として二年の月日を過ごした。
林檎ちゃん……ではなく莉々子ちゃんは、驚くほどきれいになっていった。
そして三度目の初夏、勤務先のバーに彼女が訪れた。しかも男と一緒に。

林檎ちゃんは俺に気付いていない様子だ。いつもは無精ひげにスウェットのボサ髪だったのがいけなかったのか、それとも他人が目に入らないくらい、連れの男に夢中なのか。

(あれでいいなら、俺でもよかったんじゃないのか?)

相手は俺とそれほど年齢が変わらなそうな、スーツ姿の会社員。真面目そうな好青年ではある。好みで言えば真逆かもしれないが、年齢で躊躇していた身としては「おっさんかよっ!」と一言文句を言いたくなった。

しかし後悔してもおそい。無理して奪う程の感情はないし、青臭くも生きられない。
 
それから何度か彼女は同じ相手と、店に来店した。いつもにこにこと笑っている彼女の笑みが、お上品すぎてなんとなく面白くない。あの春の日に見せた顔は、そんな作り物じゃなかっただろう。
酒の飲み方もだ。どうみても林檎ちゃんはあまり酒に強くない。
甘いカクテルをちびちびと舐めるように飲んでいるが、甘いからってアルコールが薄いわけじゃないだろうと、教えてやりたい。
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