隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
店のドアが閉まったと同時に、私はくるりとカウンターの方へ向きを変える。
 
カウンターの中にはバーテンダーさんが二人。ひとりは線の細い童顔イケメン。もう一人はがっしりとした体形のワイルドなイケメン。……イケメンなど滅んでしまえばいい。
八つ当たり的な怨念が伝わってしまったのか、近くにいたワイルドなほうのバーテンダーさんが振り返る。
 
一瞬視線が合い、あわてて目をそらしてうつむく。ごまかすように、チェリー・ブロッサムに口をつけた。勢いで飲み干してしまいたかったが、やっぱり私には合わないお酒だ。

グラスのなかにポツンと残るさくらんぼは、まるで一人残された私みたい。

「お客様。……オレンジジュースをどうぞ。サービスです」

突然声をかけられて、顔を上げた。
なぜか、オーダーしていないオレンジ色の液体の入ったグラスを、バーテンダーさんが私の前に置いていた。

「……サービスとかいりません」

私がたった今フラれたことを、知っての同情だろうか。しかもオレンジジュースなんて、思いきり子供だと馬鹿にしている。でもグラスの縁には、果実でできたかわいいウサギさんがちょこんと乗っかっていて、これをこの男の人が作ったのかと思うとなんだかおかしかった。

「今朝のお礼ということで」
「今朝?」

言われてみればどこかでみたことがある顔。
でもこんなかっこいい人、知り合いにいたら忘れない。
今日、朝会っていたとしたら尚更――

「あっ! えっ? ……お隣さん?」

朝と全然イメージが違うけど、そのバーテンダーさんはお隣の五十嵐さんだった。

髪はきっちり整えられていて、ひげもなくて肌がつるつるに見える。ぴしっと糊のきいていそうなワイシャツに、蝶ネクタイとベスト。ドラマか映画でもそのまま出演できそうなほどのルックスのバーテンダーさんが、まさかあのボサボサ無精ひげのお隣さんだったなんて。

知り合い……とも言えなくない人に、全部聞かれていたのかと思うと、いたたまれない。

「フラれちゃいました……」
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