隣は何をする人ぞ~カクテルと、恋の手ほどきを~
夏は足早に駆け抜けて、上着が必要なくらい冷たい風が吹くようになった。

土曜の深夜、仕事が終わった後、つい急ぎ足になってしまうのは寒さのせいじゃない。
俺の部屋で待つ林檎ちゃんのもとに、一刻もはやく帰りたいからだ。

先月の俺の誕生日の約束を律儀に遂行する林檎ちゃんは、金曜日と土曜日の夜に俺の部屋で待っていてくれるようになった。
しかし、長い時間一緒に過ごせるのは、二人の休日が合う土曜の夜から日曜の間だけ。週に一度の待ち望んでいた夜は、たいてい静寂からはじまる。

俺は、寝ているかもしれない彼女を起こさないように、「ただいま」を言わずにそっと部屋に入った。
予想通り、待ちきれなかった林檎ちゃんはベッドの上で寝息をたてている。

前にあったソファーベッドは、二人で寝るには狭すぎたから、処分してセミダブルのベッドを入れてみた。おかげで食事のスペースは狭くなったが、構わなかった。

もともと寝て起きて、仕事に行くだけの最低限の生活ができればそれでよかったから。
引っ越しも考えたが、林檎ちゃんが大学を卒業するまでは、勝手なことをするわけにもいかない。それなら、隣人のままでいたほうが何かと便利だろう。


気持ちよさそうに寝息を立てている林檎ちゃんを、しばらく黙って見ていた。
このまま寝かせておいてあげたい気持ちと、明日は二人共休みだから大丈夫だろうという気持ちが、いつも天秤にかけられ、だいたい煩悩が多く混ざっているほうに傾く。
 
頬や唇に触れるだけ、首にちょっと噛みつくだけ。
彼女が身じろぎをしはじめる。ここで自制して、あとは抱きしめて静かに眠れればいいのだが、自分を止められるわけもない。
 
「んっ、んっ……かえってきたの?」

完全には目が開かない林檎ちゃんは、それでも俺に甘えてくる。

「ああ、ただいま」

額にキスをすれば、安心したようにまた寝息をたてはじめる。幸せそうな顔をして。
さすがにこれ以上の無体はためらわれ、俺はしばらくの間、眠る彼女に寄り添っていた。そうしている間に、自分自身もまた、着替えもせずに眠りの世界に誘われる。
< 66 / 68 >

この作品をシェア

pagetop