無愛想な弟
15年前、私は死んだ。この家で、愛する家族に囲まれて息を引き取った。

病魔に侵され余命わずかだった。食べることが苦痛となり、生きることも苦痛になった。母や父は私の前で決して涙を見せなかったが、私より辛い想いをしているのは明らかで、それが、身体の苦痛以上に私を苦しめた。

「お母さん、ごめん。もう頑張りたくない」

入院中の病室で本心を伝えた時、母はその場に泣き崩れた。母の涙を見るのはこの時が初めてだった。

治療を緩和ケアに切り替え、住み慣れた自宅で、最期の時を静かに待った。

8つ年下の弟は当時10歳。私のことが大好きで、泣いてばかりいた。

最期の時はとても穏やかだった。雨がしとしと降っていて、雨音が心地よかったのを今でも覚えている。まるで温かい光に包まれているような感覚だった。苦痛がすーっと消えていく。そろそろだな。ぼんやりした意識の中で感じた。

弟の泣きじゃくる声が遠くに聞こえる。大丈夫、姉ちゃんはずっとそばにいるから。私の声は届かない。それでも構わなかった。

幸せだった。みんなに会えなくなるのはちょっと寂しい気もするけど、これでお別れって気がしなかった。

さようなら。短い人生だったけど、思う存分楽しんだよ。唯一の心残りは、泣き虫の弟を残して、自分だけ旅立つことかな。でも連れて行くわけにもいかないし。私の分まで親孝行してもらわないといけないし、ね。

――――というわけで、あの日から私の魂はずっとこの家に居る。

『大丈夫、姉ちゃんはずっとそばにいるから』

死ぬ間際にあんなこと考えちゃったから、どうやら成仏できていないらしい。

弟にだけ私の声が聞こえるようで、弟と会話ができる。でも姿は見えないらしい。魂という存在だから? よくわからない。

こうして15年間、弟と、この家でずっと一緒に過ごしてきた。気付けば私の年齢を優に追い越し、赤ちゃんまで授かったという。

感情表現が得意でない弟は、彼女に自分の気持ちを伝えるのに苦労している模様。いい大人が、なにやってんだか。未成年の私でも呆れてしまう。
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