無愛想な弟
弟が弾丸のように玄関へ飛んできて、慌てて靴を履いていたので、思わず弟の背中にしがみついた。魂だけになってから、この家から外出するのは初めてだった。

うっかり弟に付いてきてしまったけど――いや、憑いてきてしまったけど、これからどうしたらいいのやら。

弟が喫茶店に入り、空いている席に着いた。私も弟の身体から離れる。こんなとこまで付いてきた――憑いてきたことが弟にバレたら怒られるから、声は出さないように気をつけよう。

昔ながらの純喫茶で、霊の私でも居心地がいい。

数分後、ドアベルが客の入店を告げる。さっきの彼女だった。

彼女は弟と向かい合わせに座ると、ちらりと私の方を見た。そして、戸惑いながら軽く頭を下げる。

「誰に挨拶してんの?」

と弟。慌てて彼女に、お願い、私の事は黙っていて、と声を出さずに必死で伝えた。

「いや、別に」

なんとかギリギリ彼女に伝わったようで、ほっと胸を撫でおろした。危なかった。

「なに? 話って」

彼女が冷ややかに問う。弟は困ったような苦笑を浮かべ、おずおずと答えた。

「もえの気持ちが知りたくて」

「気持ちってなに?」

「もえは、俺と結婚したくないってこと?」

彼女――もえさんは深いため息をついた。そして弟を睨みつける。

がしかし、急に私のことを思い出したのか、ちらりとこちらに視線をやり申し訳なさそうな顔をする。弟は俯いていて気付かない。

私のことは気にしなくていいから、ガツンと言ってやってと、また無言で念を送った。もえさんは小さく頷いて、にっと微笑んだ。

「結婚って、そもそも私たち、付き合ってないよね?」

「だけど赤ちゃんが……」

「赤ちゃんできたから、結婚するの?」

「赤ちゃんできたってことは、俺たちそういう運命なんじゃねーの?」

「運命なわけないじゃん! 若い男女がやることやったら、当然ついてくる結果じゃないの?」

恋愛経験ゼロの私には、ちょっと刺激が強いわ。

「もえは、俺と結婚したくないの?」

「またそれ。言いたいことはそれだけ? だったら帰る」

言って、もえさんは立ち上がった。すぐさま弟が身を乗り出して、もえさんの腕を掴んで引き留めた。

「待って。座って」

弟は縋るような瞳でもえさんを見つめる。もえさんは渋々、再び椅子に腰を下ろした。

「何を言えば正解?」

弟がテーブルに両肘をつき頭を抱えて言う。そして、

「姉ちゃん、居るんだろ? 教えてよ」

と。

バレてた。

「ズルい。お姉さんに頼るなんて」

「やっぱ居るんだ。霊感の強いお前が、さっきからチラチラ俺の横を見てるから、ひょっとして居るのかなって。でもおしゃべりな姉が、この状況で黙ってられるわけねーよなって、半信半疑だった」
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