恋の始まりの物語

自分との対話~side 湯川

山本を送って、部屋に戻った。
上着を脱いでネクタイを緩めながら、ドサッとソファに腰を下ろす。

風呂に入る気力も湧かない。

──俺、今日おかしかった。

まりあに対する気持ちは、何だ?
山本に対して、何て思った…?

俺は、まりあが好きなはずだ。

『何でいかないのさ。』

山本の声が、頭に響いた。

「─欲しくないから」

無意識に、声に出していた。

自分の声を耳にして、納得した。
俺は、まりあを欲しがっていない。

俺が欲しいのは。

儚い笑顔が浮かぶ。
思わず上がった手は、何をしようとした?

「……抱き締めたかった」

浮かんだ想いを素直に口に出すと、パッとモヤモヤが晴れた気がした。

───そうか。

特別、まりあにアプローチしようと思わなかったのも、告白しなかったのも。
好きな相手が違うからだ。

俺が好きなのは。
いつも親身になって寄り添ってくれる、あいつだ。

思い切り笑って怒って、男言葉で話す。
でも、心配りは細やかで、周りの人を、分かりにくい優しさで大切にしているあいつだ。

ストン、と、腑に落ちた。
確信できた。

それだけで、言い様のない高揚感で、胸がドキドキした。
少し息苦しい感じもする。

──20代も半ばになって、初恋のガキみてぇ。
くくっ、と笑いが漏れた。
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