王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
夕暮れの頃、馬車はアンスリナに着いた。

領地の中心地で馬車を降りると、目の前に広がっているはずの故郷とは全く異なる世界が広がっていた。

穏やかに行き来する人の姿はなく、皆顔をひきつらせている。民家の家々から夕食を作っている白い湯気が上るはずだが、それも見えない。そして美しく威厳の漂う青々とした森は黒く焦げ煙が上がり、アンスリナの領主ダルトン伯爵家のお屋敷は見るも無惨なほどに燃えていた。


ここは本当にアンスリナなのだろうか。

まるで夢を見ているかの気分だ。目の前の景色が悪夢であって欲しいと願わずには居られない。


「お嬢?」


立ち竦むオリヴィアに気付いた領民の一人がオリヴィアに声を掛ける。それを皮切りに、近くに居た領民達が民家からわっと出てきてオリヴィアを囲んだ。


「お、お嬢だ!」

「お嬢! よくぞご無事で!」

「みんな……」


久しぶりに見る領民達の顔は疲れが見えるものの元気そうで少し安心できた。


「怪我は? 怪我した人はいない?」

「おかげさまでいねえよ。燃えたのは森と……お屋敷だけだ」


気まずそうな領民達の目は燃えた屋敷の方を見ている。

そうだ、領民達は屋敷や森が燃えている姿をまじまじと見たのだろう。どんなにか心が痛んだか、オリヴィアは思い馳せるだけでも胸が痛くなった。


「お父様は?」

「領主様はまだ来てねえが、さすがに今こっちに向かってるんじゃねえかな」


領民の言うとおりだった。いかにこの領地に無関心とは言え、流石に自分の屋敷も燃えたなら戻るだろう。

ただ今、領主がこの地にいないのなら、自分がその役割を全うしなければならない。せめて領主がここに来るまでは、自分が領主の代わりを務めるのだ。

そう決意したときだった。


「お嬢!」

「レオ!」


一際大きな声がしてそちらを見るとレオの姿があった。慌てている様子だがオリヴィアの前に来るとその手を掴んで「無事で良かった」と笑った。


「レオも皆も怪我がなくて良かった。でも、どうして森も屋敷も燃えてしまったの?」

「分かんねえんだ。今、衛兵の人達が調査してくれてるけど、それが分かるのがいつになるか……」

「そう……」


レオもオリヴィアも暗い顔になる。

もし賊の仕業なら、これで終わりかどうかもわからない。もしかしたら次の瞬間にも領民達の家が燃やされるかもしれない。


「確認しに行かなきゃ」

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