王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
「お、王都に、しかも、お、王城に自分がいるのだと思うと、と、とても緊張して…!」


メイはダルトン伯爵家の侍女ではあるものの、貴族ではなく普通の領民の出だ。領民の中でも貧しい家で暮らしていたらしい。

貴族社会には縁がないのだが、働き口を探して、王国の辺境の地にあるオリヴィアの領地アンスリナの中の、さらに最辺境にある地からやって来た。

そのため、貴族のような煌びやかな世界に対する耐性があまりないらしい。


「お、お嬢様は、いつもと変わらないご様子ですね!」

「……そう見えるのなら、それは貴女がいてくれるからね」


メイを見ていると、城にいてもなんだか緊張しないで済む。ここに味方がいると思えるからだけど、それを告げるのは恥ずかしくてオリヴィアは一度も行言ったことはない。

彼女がそばにいてくれるから、自分はきっといつものように振舞える。それほどオリヴィアにとってメイという存在は、彼女が思う以上に大きいものなのだ。


「貴女のためにも、早く領地に帰らなくてはね」


その言葉にメイは目を見開いて、「そ、そんなことを仰らないでくださいませ」と戸惑う。


「だってお嬢様は、王太子殿下のお妃さまになるためにここにいらっしゃるのでしょう?」


普通の考えならば当然とも思える言葉を、オリヴィアは否定する。


「いいえ、違うわ。

私がここに来たのは王太子殿下にこっ酷く嫌われて、早く領地に戻るためよ。王太子殿下と見合いだなんて冗談じゃないと、花嫁なんてお断りだと、あれほど言っていたでしょう?」

「まさか、ほ、本気だったのですか? て、てっきりご冗談だったのかと…」

「まあ、私が冗談なんて言うと思っていたの?」


顔を青ざめるメイに「心外だわ」なんて笑う。

けれど今のメイにはそんな言葉は入ってこない。彼女は心底オリヴィアを心配していた。


「お、王太子殿下に嫌われたりして、旦那様に怒られたりしませんか? お嬢様がもっとひどく扱われることはないのですか?」

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