王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
王城のテラスからは家々の屋根がわずかにしか見えなかった。アンスリナと比べて民との距離が遠いと思っていたし、城下の民がどんな生活をしているか、どんな表情をしているのか少しも分からなかった。

城下町に降りてきて、ようやく見ることができた。

けれど、もう城下の民と触れ合うことももう二度とないのだけれど。


「また来ます」


言葉だけそう告げて、店を去ろうとした時だった。


「ねえ、殿下は? 殿下は今日は来ないの?」


店の奥から子どもの声が聞こえてきた。


「え?」


オリヴィアはそれを聞き流すことはできなかった。


思わず足を止めてしまう。

それを見たメイは「どうかしましたか?」と声をかけるけれど、それに答えることもできずにただ店の奥に視線は注がれる。

老夫婦が店を営むその奥は、老夫婦の住居になっているらしい。座敷の向こうには年端も行かない子どもが兄の裾を掴んで駄々をこねている。


「殿下は来ないの?」

「そんな、殿下だって忙しいんだ。毎日来れるはずもない」

「ええー! 殿下と遊びたかったのにー!」


地団太を踏む弟に兄は何とか説得している。その姿はとても微笑ましくも見えるけれど、オリヴィアはそれどころではなかった。

(殿下、遊ぶ? 一体どういうこと?)

あの兄弟の会話が気になって仕方がない。


「あの、あの子ども達は」

老夫婦に問いかけると、老夫婦は後ろをちらりと振り返り、少し恥ずかしそうに笑いながら「ああ、私らの孫だよ」と答えた。


「あの子達、殿下がどうとか言っていたのだけど、殿下ってどなたのこと?」

「そりゃあ、お前さん。殿下といえばアーノルド王太子殿下に決まってるさね!」


オリヴィアは目を見開いた。


「アーノルド、王太子殿下?」


思ってもいなかった人物の名前に驚きを隠せない。

そんなオリヴィアを見た老夫婦は気に留めることなく「ああ、そうさ」と当然と言わんばかりに頷く。

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