王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
民によく思われたいと思うだけならば、側近であるユアンに叱られてまで平民の話を聞いたり子どもと遊んだりするだろうか。アーノルド自身だってそんなに暇があるわけではないのだから、そんな手間をかけるようなことはしないはずだ。

ならば、アーノルドは民と関わりたいという彼自身の強い気持ちから行動しているというのだろうか。

オリヴィアの脳裏にはアーノルドの様々な表情が浮かんでくる。老夫婦の話と腹黒いアーノルドの姿はあまりにも違いすぎて、とても一致しない。


アーノルドは裏では腹黒いように見えるけれど、心から民を愛する本当によい君主なのかもしれない。


そんな疑問がオリヴィアの中で渦巻くが、それを整理するように「教えてくれてありがとう」と言うとオリヴィアは店を離れた。


「お嬢様? どうなさいました?」


市場を抜けながらメイが心配そうに声をかけるが、オリヴィアは視線を落としながら「大丈夫よ」と返事をした。

しかしオリヴィアの心はとても大丈夫と言い切ることのできる状況ではなかった。

あんなに冷徹でオリヴィアを脅すような身勝手な王太子が、民にはとても親しみやすくて平民思いの良い王太子だと思われている。しかもアーノルドはきっと民と関わりたいという気持ちから動いているのだ。

アンスリナでのオリヴィアと同じように。

その事実がオリヴィアの中で渦を巻いて正常な思考をすることができない。

ぼうっと歩き続けて市場を抜けるオリヴィア達は気が付くと人通りの少ない路地へと来てしまっていた。

それに気づいてはっと足を止めたオリヴィアに、メイは声をかけた。


「お嬢様、お疲れになったのでしょう。少しゆっくりしながら領地へ戻りましょう。何か心の落ち着くような甘いものでも探してきます」

「メイ、それならば私も」

「いえ、お嬢様はお疲れなのですからこちらでお待ちください。すぐに参ります!」


そう言い残すとメイはその場を後にした。

一人取り残されたオリヴィアは溜息を吐き出して空を見上げた。民家に囲まれた日陰から見上げる空の色は澄んだ青色をしている。
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