王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
ああ、メイは泣いて心配するだろう。

領民のみんなも、悲しんでくれるのかしら。

お父様は心配しないかもしれないけれど、政略結婚に使うことができないと悲しむかもしれない。どちらでもいいけど。


アーノルド様は、どう思うんだろうか。


そんな考えがふっと浮かぶけど、同時に視界はぼやけていく。ああもう駄目だと目を閉じた時だった。


「何をしている」


知っている声が聞こえたと思って薄っすら目を開くと、目の前には帽子を目深に被った男性が男の腕を強い力で掴んでいた。


「なんだ、あんちゃん。俺らに用事があるってか? ああ?」

「お前らに用事はないな。用事があるのはこの娘の方だ」


威嚇する男達に決して臆することなく、淡々とした口調で話す男性はオリヴィアに用事があるのだという。

誰だろう。オリヴィアが帽子の中を覗き込もうとした時だった。


「この娘は俺の婚約者なのでな」

「は、婚約者?」

「そろそろ返してもらおうか」


まさか。オリヴィアがそう思った瞬間、男性はオリヴィアを捕えていた男の脛に強い蹴りを入れた。男はあまりの痛みに顔を歪めてかがみこみ足をかばう。どうやらもう動けないらしかった。

その隙を見逃さなかった男性はオリヴィアの腕を掴むとふわりと自分のもとに引き寄せる。それからオリヴィアを守るように自分の後ろへ匿った。

男性がオリヴィアを守ろうとした時を逃さず右から殴ろうとしてきたもう一人の男の手首を掴むと軽くいなし、腹部を蹴り上げる。男はうめき声を出して倒れ込んだ。

流れるような身のこなしで男二人をいとも簡単に倒してしまった男性を、オリヴィアはまじまじと見つめた。

男性は、溜息を吐き出してオリヴィアに振り返る。


「どこに行ったかと思えば、こんなことに巻き込まれているなんて」


それから被っていた帽子を取って、オリヴィアを見つめた。


「あ……アーノルド、様」


目の前にいるのは平民の服に身を包んだアーノルド王太子殿下その人だった。

< 67 / 143 >

この作品をシェア

pagetop