王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
どこかで聞いた声だとオリヴィアは思った。けれどまさかアーノルドだとは思いもしなかった。

そんなはずがないと思っていた。

王太子がしばしば城を抜け出して城下町に訪れるという言葉が本当であるとしても、まさかこんなにも都合よく、人通りのない裏路地に王太子が現れるなどあり得るはずがないと思ったのだ。


「余計な手間をかけてくれたな、オリヴィア。どう落とし前をつけてくれるつもりだ?」


アーノルドはぎろりとオリヴィアを睨みつけるが、オリヴィアはそれを怖いと思っている余裕などなかった。


「どうして、どうしてアーノルド様がこんなところにいらっしゃるのですか? 王太子ともあろうお方がこんな町中を出歩くなんて危険にもほどがあります!」


するとアーノルドは「それはこっちの台詞だ」とついに怒りをあらわにした。


「運良く見つけられたから良かったものの、護衛をつけずにこんな路地裏に伯爵令嬢が一人でいるなど誘拐してくれと言っているようなものだ!」

「……アーノルド様には関係のないことでございます。私が非道な目に遭おうとも、アーノルド様の婚約者の地位から引きずり落されるだけで済みますから。アーノルド様は分かっていらっしゃるのですか? あなたの婚約者など代わりはいくらでもいるのですよ」


自分で言っていても空しくなる。

自分には伯爵家令嬢という立場しかなく、しかもいくらでも替えは利く。自分でなくてもいいなんて、それならどうして存在しているのだろうと思ったことは数えきれないのに。

しかしそんな風に考えるオリヴィアを、アーノルドは「あほか」と一刀両断した。


「言っただろう、俺はお前が欲しいと。伯爵家令嬢が欲しいわけではない。オリヴィア・ダルトン、お前が欲しいのだ」


他の誰でもなく、オリヴィアが欲しいのだと、嘘偽りのない言葉をまっすぐに投げかける。そのアーノルドの真っ直ぐさはオリヴィアには眩しすぎた。

目を伏せながらオリヴィアは問うた。


「アーノルド様、本当に私が欲しいと仰るのですか? 城を無断で抜け出し、賊に捕まり、殿下を危険な目に遭わせる、そんな者を欲しいと本気なのですか?」

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