王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
「ああ、そうだ」

「呆れはしないのですか? 嫌いにはならないのですか? 私が殿下の立場なら間違いなく鬱陶しく思いますが」


しかしながらアーノルドは「残念ながら、俺はお前ではないからな」と笑うとオリヴィアを抱き寄せた。


「呆れもするし、面倒だとも思うけど、やはりお前が俺のそばにいてほしいと思う」


やはりこの国の王太子は変わり者だ。

こんなにも面倒をかける娘を娶りたいと、本気で言うのだから。


「王太子殿下は変わっていらっしゃいますね」

「お前ほどではないがな」


お互い嫌味を言っているのに、目が合うとなぜか微笑んでしまった。アーノルドも柔らかい表情を浮かべている。

なんだか不思議だとオリヴィアは思った。アーノルドといるときは、まるでアンスリナの領民と関わっているときのような、そんな心地よい空気が流れるような気がするのだ。相手は王太子であるというのに、余計な気を使わなくて済む。

それはオリヴィアを伯爵家令嬢ではなく一個人として見てくれているからだろうか。それとも貴族と言う立場に溺れていないからだろうか。

そんな考えを巡らせているときだった。

メイが帰ってきた。手には甘いものを持っていて嬉しそうな顔をしているが、オリヴィアをアーノルドを視界にとらえた途端、足を止めて急に青ざめた。

メイを見つけたアーノルドは、「お前、オリヴィアの侍女だな」と睨みつける。


「お前の主人はオリヴィアだろう。こんな街中、しかも路地裏に主人を放置してどこかに行くなど言語同断。従者として、オリヴィアを護る者としてはあるまじき行為だ!」

「ヒッ、ヒィ! も、申し訳ございません! 申し訳ございません!」


アーノルドがあまりの形相で睨むため、メイは目を見開いた青い顔で平謝りしている。目には涙が浮かんでいる。


「主人と共に行動するなら常々気を引き締めろ。実際にお前の主人は人売りに連れ去られるところだったのだからな!」


それを聞いたメイははっと顔を上げてオリヴィアを見つめた。その表情は心配と絶望が入り混じったような、そんな悲壮な顔だった。


< 69 / 143 >

この作品をシェア

pagetop