王太子殿下の花嫁なんてお断りです!
「素直なだけです」

「減らず口は相変わらずか」

「さあ、何のことでしょう」


含み笑いを浮かべながら、アーノルドはオリヴィアの頭にぽんと手を乗せて柔らかく微笑む。


「お前のそういう素直なところは、見ていると落ち着くな。嘘ではないと安心ができる」


まただ、とオリヴィアは思った。

また、アーノルドの素の笑顔が見られた。

その笑顔は柔らかくて優しいのに、どこか泣いているようにも見えて、寂しそうで、見ているこちらまで胸が締め付けられるのだ。


「アーノルド様……」


思わずアーノルドの名前を呼んでしまうと、アーノルドは「それで」と話を変えるように言った。


「お前に少し相談がある」

「その前にお聞きしてもよろしいでしょうか」


オリヴィアはずっと気になっていたことをアーノルドに問うた。


「なんだ?」

「ユアン様から、私は支度をしておくようにと申しつけられました。素敵なお客様なる人物が城にいらっしゃることは分かっていますが、なぜ私まで支度を整えなければならないのでしょうか」


もしかして、と一つの説がオリヴィアの頭をずっと過ぎっていた。

けれどそんなことはあるはずがない、否、あってほしくはないと思っていた。

固い表情のオリヴィアを見て、どうやら事態を薄々は気づいているらしいと分かったアーノルドは先ほどまでとは異なり、口の端をにいっと意地悪く持ち上げて笑った。


「大方、お前が予想している通りだ。今日いらっしゃる素敵なお客様にお前を紹介する。俺の婚約者としてだ」


オリヴィアは想定していた最悪の事態の訪れに目を見開いた。

これでまたひとつ自分の未来を縛る鎖が増えると頭を抱えていると、遠くから鐘の鳴る音が響いてきた。

それは城にお客様が訪れたことを告げる鐘の音だった。


「もう来たか」


アーノルドは小さく溜め息を吐き出すと、オリヴィアに向かって満面の笑みで手を差し出した。


「では、行こうか」
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