【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
翠蓮の言葉に、彼はふっと笑い、
「お前は、驚く程に真っ直ぐだな」
と、言う。
「そうかしら?」
「清々しすぎて、逆らうのも面倒になる」
「嫌味よね。それ。思いっきり痛くしながら、手当てして差し上げましょうか?」
翠蓮が笑いながらそう言うと、
「勘弁してくれ……」
彼は翠蓮を見上げて、青い顔で息をつく。
(そろそろ、失血がヤバいな……)
翠蓮は飛ばされた傘のそばに行き、それを手に取って、もう一度、彼に手を差し伸べた。
その時、ついでに名前も聞く。
「……貴方、名前は?」
「……」
けれど、青年は無言で。
何かを考え抜いた後、
「…………黎祥」
と、呟いた。
黒髪長髪に、赤い瞳。
―その特徴的な見た目が何を示しているのか、この時の翠蓮は何も知らずに、その後も、暫く苦しむことになる。
でも、それすらも気づかず、この時の翠蓮は目の前の警戒心がいっぱいで、どうやらワケ有りな人に夢中だった。
「……自由になりたいんなら、うちに来る?」
「は?」
「怪我も心配だし。その雰囲気は、何かから逃げている途中でしょう?おいで。匿ってあげるよ」
我が診療所。
どんな人間でも、受け入れる。
「私は、李翠蓮。年は、17。よろしくね、黎祥」
翠蓮の手を取って、ゆっくりと、彼は立ち上がる。
瞳には困惑と、驚きが映ってた。
私よりも頭二個分以上高い彼は立ち上がると、濡れた手で、同じく濡れた翠蓮の頬に触れて。
「お前の言う通りかもしれんな」
と、静かに息をつく。
「俺は、自由になりたいんだ―……」
泣いているようにも見える、黎祥。
優しく頬を撫でるその指はとても冷たくて、雨と錯覚してしまいそう。
雨に打たれる。
耳朶を、いろんな音が擽る。
「ありがとう……翠蓮」
そう言った彼が泣いているのか、それとも、それは雨なのか……翠蓮には分からなかった。