【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「……順薬師」
「はい」
その名前で呼ばれたのは、後宮に来て初めてのことだった。
宮正司は翠蓮を真っ直ぐ見据えると、
「捜査に、御協力頂けないでしょうか」
と、深く頭を下げてくる。
「え……?」
「貴女は毒に明るいそうですね。長公子様方を始めとして、多くの御方に、あなたを頼ればいいと言われたのです」
「……」
翠蓮が口を噤むと、栄貴妃様が口を開く。
「今回の件、陛下はなんと仰っているの?」
ここ、後宮において、皇帝が関心を示さない事件は大抵、有耶無耶で終わる。
おまけに、今回の被害者は貴人だ。妃嬪ではない。
つまり、宮正司も力を入れて、捜査をしようとはしない。
そのはずなのに。
「陛下からは、特にお言葉を頂いてはおりません。ただ……」
宮正司は言葉を濁す。
「ただ、何なの?」
栄貴妃が目を光らせると、
「今回の事件において、こちらに向かわれていた渓和王がお倒れになられました。事件となにか関係があるのかは分かりませんが、重篤のようで……皇帝陛下は必ず救うよう、厳命なさっています」
「渓和王も、毒に……ってこと?」
「分かりません。そもそも、何の毒か分からないです。ただ、このままでは……死は、避けられないかと」
渓和王というのが、渓和国を治めている黎祥の……皇帝陛下の弟であることはわかるが、彼のことを判断するのに、翠蓮の情報はあまりにも少ない。