【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―



「―……嵐雪様?」


顔を上げると、目を丸くした翠蓮殿。


「え?」


「え?」


顔を見合わせて、気づく。


ここは、後宮……?


「あれ……私、皇宮の回廊を歩いていたはずで……」


「道、間違えちゃいました?」


そうなんだろうか。


私は、踏み外してしまったのだろうか。


人生という、大きな道を。


「……翠蓮殿」


「はい?」


「古傷に効く薬の材料、頂いてもよろしいでしょうか……」


それ以外、彼女にかけられる言葉が出てこなかった。


言えるはずがないのだ。


『黎祥様の後宮で、黎祥様の妻として生きて欲しい』なんて。


彼女のことを知った今、それを強要することなんて、嵐雪には出来ない。


後宮での暮らしなんて、色恋だけでできるものじゃない。


幸福なものがある分、不幸だってある。


昨日まであった寵愛が、次の日も続くとは限らない。


耐えがたいことも当たり前に沢山あって 、それでも、前を向いて生きていく強さを求められる。


皇帝の愛を失っても、それは変わらず、残酷な後宮からは抜け出せない。


それが"生きる理由”として、生まれてきた貴族の娘はいい。


でも、彼女は"自由”の住人だから。


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