【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
黎祥様にも、嵐雪自身にも、"自由”な彼女をこの窮屈な世界へ引きずり込む勇気がなかった。
この暗闇で共に生きて欲しいと、
共に地獄へ行って欲しいと、
翠蓮殿に願う勇気が、黎祥様にはなかった。
自由になりたいと望み、手を貸してくれた少女の笑顔を、自らの利己心で奪いたくなかった、失いたくなかったのだ。
翠蓮殿を手に入れれば、黎祥様は自由を手にするだろう。
永遠に失うことのない、自由を。
代わりに、翠蓮殿は永遠に失うのだ。
自由と、一生を。
後宮に囚われて、永遠に逃れられずに。
「……お疲れですね。きちんとお休みになられていますか?」
翠蓮殿の、優しく冷たい手が触れる。
「あ……」
「?……何か、考え事でも?」
言ってみたい。
黎祥様を、助けてくれって。
でもきっと、それは彼女を傷つける。
しばらくの間。
「…………黎祥、の、ことですか」
何も言えずにいると、小さな声で翠蓮殿は言った。
「違いますか?」
指摘されて、嵐雪は小さく頷く。
「……もう、良いですよ。ここに来て半年も経ってませんが……兄二人にも会えましたから」
「え?」
その事については初耳で、顔を上げると。
「灯蘭様のお付きの護衛となっていました。もう一人の兄は、唯一の主人を見つけたようで」
笑う彼女は、とても嬉しかったんだろう。
満面の笑顔で、嵐雪に目を向けて。
「ここに来たこと、後悔はしてません。そして、あの日、黎祥の手を離したことも……嵐雪殿、どうか、一人で苦しまないで。教えてください。何を隠しているのですか?」
"自由”な彼女は、"不自由”な黎祥に手を差し出した。
その手は"企み”の手ではなく、"優しさ”の手。