【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
薬を擦り合わせ、紙に包む。
その作業を繰り返していると、遠くから聞こえていた太鼓の音も聞こえなくなり、シンと静まり返った。
どれほどの時が経ったのだろうか。
文武百官の皆や、宦官の皆も、出掛けたのだろう。
人が全く居ないように静かで、こういう時は皇帝の温情で誰もが下へ行くことを許されるのだが……これは、本格的に誰も残っていない気がする。
本来、宦官は後宮出禁止だけれど、元宵節の灯籠見物に行くことは許可されている。
その許可を出したのが、黎祥の父である先々帝であり、先帝が一度廃したものの、再び、黎祥が復活させたと聞いた。
宦官の友人は多くできたが、彼らは人ならざるものとして差別されることが多く、あくまで後宮に住むものにとっては道具である。
命の左右は、主が決めるもので、宦官は家畜。
妃の鬱憤ばらしなどで命を落とした宦官も少なくはなく、どの歴史にも深く、彼らは関わっている。
「んー!」
背筋を思いっきり伸ばして、後宮に住む人のための後宮書庫で借りてきた『宵始伝』の一巻を、翠蓮は取り出した。
「……読んでみるか」
どうせ、明日は、一日中お休みの日だ。
薬師である翠蓮は呼ばれない限り、寝ていられる。
頼りない蝋燭の火で読もうと、紙を捲る。
古い書体で書き出された、一人のお姫様の物語。
国を滅ぼされ、焼かれ、世界を旅する物語。
そして、そこに出て来た名前に、翠蓮は愕然とした。