【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「…………すまない、取り乱した」
謝ると、
「別に、驚いてはいません。ただ、煽りぐらいでは決断しないほど、貴方が翠蓮を大事にしていることはわかりました」
栄貴妃は、茶を一口飲む。
「翠蓮の身分を明かすことなど、容易いです。だって、兄が二人もいるのですもの。どちらかに尋ねれば、早いですわ」
そうなのだ。
翠蓮には、兄がいる。
慧秀と、祐鳳が。
慧秀はともかく、祐鳳は妹の灯蘭の付き人なのだから、いつでも聞きに行こうと思えば、聞けるわけで……。
「私が、慧秀に聞いておきましょうか?」
度々、宦官の格好で忍び込んできているらしい慧秀。
「―……いや、私が聞く。だから、しばらく、そなたは保身のため、慧秀とは会うな」
「……後宮が、"これ”だからですか?」
栄貴妃は取り乱すまでもなく、冷静にそう問いてきた。
話のわかる女だ。
そして間違いなく、慧秀も栄貴妃の言葉を理解してくれる。
「そうだな。後宮が、落ち着くまでは」
とても、そんな日が訪れるとは思えないけれど。
後宮は、憎悪の渦巻く場所だ。
人が死なぬ後宮など、幻想に過ぎない。
それでも、と願ってしまうのは、人の性か。
「……そうしたら、自由にしてくれます?」
身勝手な女で申し訳ありません、と、栄貴妃は言いながら、
「戯言を失礼致しました。…………誰もが、幸せになりたいだけなのに……人生っていうのは、本当に儘なりませんね」
静かに、目を閉じた。
栄貴妃の玲瓏な声に耳を傾け、
「―……そうだな」
黎祥は、深く頷いた。