【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
「朱家といえば……そこの当主と、僕達の父が友達だったね」
ふと、慧秀兄様が漏らした言葉。
「そうなの?」
「うん。確か。それが、杏果ちゃんの父君だったのかな」
震える手をにぎりしめて、涙を流さないように堪える彼女は……ただ、ただ、悔しかったのだ。
許せなかったのだ。
全てを奪った皇族を、朱家を見捨てた人たちを、そして何より、何も出来ずに泣き叫んだ無力な自分を憎まずにはいられなかった。
「そんなとき……あの男の人が現れたの」
「あの男の人?」
翠蓮が首を傾げると、
「……私をここに連れてきた人」
凄く不愉快そうに、彼女はつぶやく。
「流星さんのこと?」
「……名前なんて知らないわ。その男が皇族だってことがわかった時、斬り掛かろうとした。でも、姉様の言葉を思い出して……」
『大きな流れの出来事だから、皇族を恨んでも仕方が無いわ。今の陛下に忠誠を誓って、これからは生きていかないと。恨んでいては、死んでいるのと同じ。出来ることを、私達は頑張りましょうよ。……ね?杏果』
……その姉は、杏果ちゃんを置いて消えた。
「ある日、突然だったわ。姉様はいなくなった。私がはぐれてしまって……気づいた時には、一人だった」
杏果ちゃんがいうには、人攫いにあってしまったらしい。
命からがらで逃げ出した時には、姉の行方などわからなくなっていた。