【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
―初更(午後七時~午後九時)。
翠蓮は様々な検査を受け、皇帝に謁見した後、回廊を闊歩していた。
名前に因んでか、与えられた宮の内院の池には睡蓮が咲き誇っており、今、翠蓮達が渡っている渡り回廊もまた、睡蓮の花が咲き誇る池の上に巡らされていたりする。
とても綺麗な宮で、所々にある灯籠がまた、風情を誘う。
「―こちらが、龍睡宮(リュウスイキュウ)と呼ばれる宮ですわ」
女官長に案内されて踏み込んだ、これからの翠蓮の住処。
どこからか聞こえてくる、二胡の音。
涼やかな空気は孕み、翠蓮の頬を優しく撫でる。
婚礼用の刺繍が施された赤い沓(クツ)を履いて、涼やかに進む翠蓮の背後には、金の飾りの垂れ下がった傘を持つ宦官―桂鳳さんと、必要な螺鈿の箱に仕舞われた荷物を持つ侍女―杏果、蝶雪、天華が続いていた。
翠蓮から見れば、美しい光景が見えるが……傍から見れば、新しく入宮してきた翠蓮の顔など、誰にも見えない。
理由は、薄い布を被っているからだ。
布には金の糸で鴛鴦の刺繍が施されていて、これもまた、婚礼衣装のひとつだったが、初伽が終わったあとも、翠蓮はその布を外して行動するつもりは無い。
初夜で、皇帝にその布をとってもらうのが通例だが、これとは違う布をつけ続けなければ、少し前まで後宮にいた分、危ないのだ。
最も自分の宮から出る時は、女官の格好をして、明くる日の順翠玉のように行動するつもりだが。
油断はならない。
落とし穴の多いところ、それが、後宮。
女の戦場。