【完】李寵妃恋譚―この世界、君と共に―
恋と遺言
「……」
―渡り回廊を、早足で歩く。
「おいっ、ちょっと待てよ!翠蓮!!」
「……」
「翠蓮……っ、」
後ろから名前を呼ばれて、この姿で、その名前はまずいのに。
分かってるのに、足が止まらない。
龍睡宮の扉の前に来て、座り込む。
すると、ようやく追いついた二人が翠蓮の顔を覗き込んで、
「……顔色悪いぞ。どうした、翠蓮」
と、豹揮の声を聞く。
「……」
どうして、どうして、どうして!!
「あんたたちまで―……っ!」
何で、逃げても、逃げても、逃げられないの。
これじゃあ、後宮から出たあとにも忘れられないじゃない。
どうして、父様が皇族なの。
どうして、幼なじみの二人が皇族なの。
どうして、愛した人が皇族で、
守りたい人や、救った人も皇族なの。
呪いのように巻きついて、逃げられない。
あの日、雨の日に黎祥の瞳を見たあの日から、絡みつく茨の棘は少しずつ、翠蓮の心を侵食していく。
「……黙っていて、悪かったとは思っているよ」
違う。
豹揮の胸を叩く手を止めて、翠蓮は涙を零した。
そんな言葉が聞きたいんじゃないの。
「……っ、ううっ」
「辛いな。……大丈夫。俺らは皇子じゃなくて、お前のただの幼なじみだよ。今も、昔も、これからも」
抱きしめられて、あやされる。
足の力が抜けて、完全に座り込んだ翠蓮を大切に包んでくるその手は、父様を思い起こさせて。